Mag-log in「王太子失脚! 舞踏会で断罪!」
「悪名高き令嬢、宰相閣下の婚約者に!」 「今度は宰相をたらし込んだのか、と市民は激怒!」門前から聞こえる新聞売りの声が、朝の空気を乱暴に切り裂いた。
昨夜まで、わたくしは卒業舞踏会の光の中にいたはずなのに。 気がつけば、王都はもう次の物語を売り歩いている。エルネスト侯爵家のサロンは、いつも通りに整っていた。
白いクロス。磨かれた銀器。窓辺の薔薇。 けれど、テーブルの上の新聞だけが、場違いなほど黒い。わたくしはカップを持ち上げ、香りを確かめてから口をつけた。
この家の紅茶は、安心の味がする。 だから余計に、紙面の文字が苦い。父が新聞を指先で弾いた。
外交官らしい落ち着きのまま、声だけが少し低い。「レティシア。見出しは派手だが、肝はここだ」
「どこですの」 「陛下が宰相の判断を全面的に支持するとコメントを出している。これが公式の線だ」母は新聞の別欄を覗き込み、目を輝かせた。
「まあ……公爵家当主からの求婚。しかも公の場で。これは伝説の始まりですわね」
「母上、伝説は厄介です」 「厄介でも、素敵よ。だって皆が驚くもの」母の声は弾んでいるのに、背筋に冷たいものが走った。
皆が驚く。 つまり、皆が勝手に物語を決める。昨夜、わたくしは確かに勝った。
王太子アルノルトは拘束され、マリア様も調査対象になった。 ゲームならそこで画面が切り替わって、破滅回避おめでとうの文字が出る。でも現実は、祝福より先に噂が走る。
悪役令嬢が宰相を篭絡した。 王太子を陥れた女が、次は国を操る。 その言葉は、紙面から立ち上がって喉を締めた。父がわたくしを見た。
政治家の目だ。 同時に、父親の目でもある。「恐れているな」
「当然ですわ。昨日まで、わたくしは悪役の役を押し付けられていたのですもの」 「だからこそ、宰相はおまえを選んだ」 「選んだ理由が才覚なら、まだ救いがありますわね。もし盾なら」 「盾だとしても、おまえは折れない。そこは父として誇っている」誇り。
その言葉だけで涙が出そうになって、わたくしはカップの縁を見つめた。 泣くのは後。 泣ける場所を確保してから。母が手を伸ばし、わたくしの指先にそっと触れた。
「怖いのは分かるわ。でも、あなたは昨夜、自分の言葉で立ったのよ」
「借りております。証拠集めには、たくさんの人の手が」 「それでも、最後に立ったのはあなたよ」母の体温が、紅茶の温度より優しかった。
胸の奥が揺れて、笑いそうになるのに、笑えない。 この揺れが、恋の前触れなのか。 それとも、破滅の記憶がまだ離れていないだけなのか。わたくしは昨夜の光景を思い出した。
宰相クロード・フォン・ラグランジュ。 黒髪に銀縁眼鏡。 前に出て、淡々と求婚を告げた声。あの瞬間、会場の空気が変わった。
王太子を失った貴族たちが凍りつき、笑う者が消えた。 そして、胸元や指輪に薔薇の意匠を持つ婦人たちが、わたくしから視線を外した。 避けるように。 まるで、何かを計り直すように。自室に戻ると、窓の外は穏やかな青だった。
不自然なほど、何も起きていない朝。 だから、起きたことの異常さが際立つ。わたくしは鏡の中の自分に微笑んだ。
金髪碧眼の令嬢。 前世のわたくしが画面越しに見ていた悪役令嬢。攻略サイトには載っていない。宰相ルートは、情報が薄すぎる。
未知のルート。
つまり、落とし穴も未知だ。 昨夜の求婚が、救いなのか罠なのか。 その答えは、誰も教えてくれない。なら、わたくしが決めるだけだ。
政略婚でも構わない。
今度は、わたくしがハンドルを握る。 誰かの台本に乗るのではなく、こちらから条件を出す。 仕事も、立場も、身の守りも。 全部、交渉して獲る。机の引き出しから、薄い帳面を出した。
表紙の内側に、前世の癖で書きつけた単語が並ぶ。 フラグ。分岐。好感度。 笑える。 けれど、わたくしを救ってきたのも、この滑稽な整理術だ。紙の上で、昨夜の出来事を盤面に落とし込む。
王太子派は崩れた。 ただ、消えたわけではない。 むしろ、静観の皮をかぶって息を潜める。扉がノックされた。
侍女が入ってきて、封のされた書状を差し出す。「宰相官邸よりでございます。急ぎとのことです」
「もう……早いですわね」封蝋は黒。
刻まれた印は、見慣れないほど簡素だった。 わたくしは封を切り、中の短い文を読んだ。『本日、午後。宰相官邸にて。形式は不要。必要なのは覚悟のみ。――クロード』
喉が乾いた。
形式は不要。 つまり、遠慮も甘さも不要という意味だ。それでも、文末ののみが妙に真っ直ぐで。
思考の奥のどこかが、じり、と熱くなる。書状を畳んだ指先が震えた。
怖い。 当然だ。 でも、それだけではない。サロンに戻ると、父がすでに馬車の手配を終えていた。
「午後までに身支度を。同行は私だけだ。侯爵家として顔を立てる」
「ありがとうございます、父上」 「礼は後だ。宰相は忙しい。遅れれば、それだけで立場が歪む」母は迷う素振りもなく、別室へ向かった。
「ドレスを選びましょう。噂の主役は、粗相をしないのが最強よ」
「母上、最強はやめてください。新聞がまた増えます」 「増えさせなさい。噂は刃にも盾にもなるわ」盾。
父の言葉と重なり、わたくしは息を止めた。 さっきまで盾にされる恐れで苦しかったのに。 今は盾を持てることが、少しだけ心強い。正午前、馬車に乗り込む。
窓の外で、新聞売りがまた叫んでいる。「宰相の婚約者は悪女か、救世主か!」
どちらでも構わない。
決めるのは世間ではなく、わたくしだ。けれど馬車が門を出る寸前、御者が小さく舌打ちした。
「また、これか」
振り返ると、門扉の隙間に薄い紙が挟まっていた。
誰の手か分からない。 けれど、紙に残る匂いだけが妙に甘い。わたくしは指先でそれを抜き取り、裏を見た。
黒いインクで、短い文。『庭は剪定される。棘に触れた者から。』
胸が冷えた。
昨夜、視線を外した婦人たちの薔薇の意匠が脳裏をよぎる。 そして、宰相の書状の言葉が重なる。形式は不要。
必要なのは覚悟のみ。こうしてわたくしは、断罪の翌日にはもう次の婚約者のもとへ向かうだけでなく。
誰かの刃が、こちらの喉元に触れていることまで知ってしまった。大神殿の扉をくぐった瞬間、胸の奥に石を押し込まれたみたいに息が詰まった。 香の甘さが、急に土の匂いに変わる。耳の奥で、鐘が鳴っていないのに鳴る。 視界の端に、黒い文字が走った。 黒薔薇の宝珠。 浄化儀礼。 開戦。 わたくしは歩幅を崩し、床の幾何学模様を踏み外しかけた。「レティシア」 背中に手が添えられる。クロード様の掌は冷たいのに、落ちる未来だけは止めてくれる。 その手に縋りたい衝動を、歯で噛み切った。「扉は人を選ぶんだってさ」 隣でユリウス殿下が、さらりと言った。 冗談の口調なのに、目が笑っていない。「選ばれたい趣味はございませんわ」「でも君は、選ばれる側の顔をしてる」 返す言葉が見つからない。喉の奥が、乾いた紙みたいに貼り付く。 神官が案内役として先に立つ。若い神官だ。頬の赤みだけが健康的で、制服みたいな法衣がまだ馴染んでいない。 テオと名乗った彼は、緊張で声が裏返りそうになりながらも、礼拝の作法を説明した。「こちらでは、左膝を……その、先に……」 わたくしは反射で右膝を折りかけ、途中で止めた。 王国と逆。指先の震えが、ひどく目立つ。 リディア殿下が、小さく笑う。「迷った?」「迷いません。確認しただけですわ」「確認は大事。数学でも政治でもね」 救われたのは、笑われたからじゃない。リディア殿下が、わたくしを試験の答案みたいに見ないからだ。 回廊の壁には、白い薔薇の浮彫が延々と続く。光を浴びて綺麗なのに、棘の部分だけ妙に鋭い。 その棘が、わたくしの視界の中で黒く染まりかけるたび、さっきの文字列が蘇る。 祭壇の間へ入った。 中央の台座に、宝珠があった。 黒薔薇を模した宝珠。薔薇の花弁の形に削られた黒曜石が、何重にも重なり、中心に暗い光が沈んでいる。 見た瞬間、胃が裏返った。 前
日付も、場所も、順番も――前世で見た画面と同じだった。 帝国から届いた封書は、薄いのに重い。封蝋の黒薔薇が、指先に刺さるみたいに冷たい。 表題は「黒薔薇聖核浄化儀礼 式次第」。 わたくしの喉が、勝手に鳴った。 序、参列, 祝詞、献納、聖核奉安、誓約文朗読、閉式。 欄外に、王国特使の名で空欄が用意されている。 次の頁。添えられた挿絵のせいで、視界が揺れた。 硝子の棺に眠る黒い核。薔薇の棘みたいな曲線。見ただけで、こめかみが脈を打つ。 ……嫌だ。 あれに触れた瞬間から、戦争が始まる。 背後で扉が開く音がした。 わたくしは反射で紙を伏せる。遅かった。「レティシア」 クロード様の声は低い。怒っていないのに、逃げ道が消える声だ。 机の上から封書を拾い上げられた。紙が擦れる音が、やけに大きい。 わたくしは笑おうとして、失敗した。「顔色が悪い」「……帝国の朝は、空気が硬いだけですわ」「言い訳の精度が落ちている」 指先が、わたくしの額に触れた。冷えている。 その接触だけで、張り詰めていた何かがほどけかけるのが悔しい。「これは何だ」 クロード様が式次第を開き、視線を走らせる。 挿絵の頁で、眉が僅かに寄った。「……気分が悪いのか」「気分だけなら、可愛いのですが」「可愛いで済まないから聞いている」 逃げても、椅子は奪われる。 わたくしは息を吸って、口の中の乾きを噛みしめた。「この順番が……覚えのある筋書きと重なりますの」「筋書き」「前世の記憶ですわ。戦争に繋がる方の」 クロード様の目が細くなる。理性の光。 それでも、式次第の最後の欄外で止まった。「誓約文朗読。王国特使が読むのか」「空欄が、わたくしの
「遠き隣人が、我が子の隣を訪ねてくれたか」 玉座の間に響いた声は柔らかいのに、逃げ道がなかった。 わたくしは膝を折り、視線を上げないまま呼吸の深さだけを整える。王都の大広間に似た構図。なのに壁の紋章は棘のある薔薇で、軍旗の色が濃い。鏡の国。そう言ったのは、父だったか。 背後でクロードが同じように礼を取った。わたくしの肩に落ちる彼の気配が、いつもより静かで硬い。「レティシア・エルネストでございます。ルーベンス王国の特使として、謹んでご挨拶申し上げます」「特使、か。よい名だ」 皇帝陛下は微笑んだ。文化人の顔。けれど瞳の底にだけ、長い夜の疲れが沈んでいる。「だが、席は言葉より正直だ」「我が子よ。客人は椅子で迎えよ。言葉ではなく、席で」 椅子。 その単語だけで胸の奥が冷えた。宰相執務室の、空席が脳裏を掠める。あの場所に座れるのは、誰か。わたくしは、どこに座るのか。「父上、もちろん」 皇太子ユリウス殿下が軽く笑って、まっすぐこちらを見た。恋愛に素直で、政治には冷たい――船の上で聞いた評判が、視線の温度だけで裏返りそうになる。「王国の黒薔薇令嬢。君が来てくれて嬉しい」 その言い方が、もう社交の罠だ。嬉しい、の裏に条件が潜む。 玉座の脇から滑るように進み出たのは、細身の男。黒に近い官服、銀の鎖。目が笑っていない。「帝国宰相、ハインリヒ・クロイツでございます」 次に、同じ場所へ歩を進めた白衣の聖職者が、静かに十字を切った。白の中に、刺繍の黒薔薇が混じる。目元だけが冷たい。「大司教セルジオ・メルカド。主の祝福が、あなたの旅路にありますように」 最後に、皇太子の少し後ろで腕を組んでいた女性が、わたくしへ小さく顎を上げた。背筋がまっすぐで、瞳が理屈の光をしている。「皇女リディア。……あなた、噂より面白そうね」 政治、軍、宗教、皇族。 たった今、帝国の骨格が並べられた。わたくしの足元に、見えない盤面が敷かれていく。
「ようこそ、帝都へ。王国の黒薔薇令嬢」 城門の影から出てきた青年が、そう言って微笑んだ。 港の湿った風が、金属と香辛料の匂いを運んでくる。石造りの城壁は王都より高く、旗は多い。軍の鷲と、光薔薇教の紋章と――黒薔薇を模した意匠まで、目につく場所へ誇らしげに掲げられていた。 私の胸の奥が、ひやりとした。 黒薔薇。帝国でその語は、ただの花ではない。「お迎えが早すぎますわね、殿下。まるで逃がさないと告げているみたい」 「逃がしたら、僕が怒られる。皇帝にね」 彼は言い切って、私へ手を差し出した。指先に迷いがない。 帝国式の挨拶だ。握手……そのまま、手袋越しに口づける。 脳裏のどこかで、前世のゲームのフレーバーテキストがぱちりと点いた気がした。私は余計な間を作らず、手袋の甲を差し出す。 唇が触れる直前、彼は視線だけで私の顔色を確かめた。「怯えてない。やっぱり噂どおりだ」 「噂は当てになりませんわ。殿下も、わりと」 「痛い。君、初対面で刺すのが上手いね」 笑いながらも、彼の瞳は冷たいほど澄んでいた。「フェルディナンド帝国皇太子、ユリウス・フォン・フェルディナンド。歓迎するよ、レティシア・エルネスト公爵令嬢」 名乗りが終わる前に、帝国の将校が儀礼の声を張る。「王国よりお越しの、皇太子妃候――」 「違う」 ユリウス殿下が、柔らかい声で遮った。 「彼女は王国の特使だ。僕の客人。言葉を選んで」 将校の背筋が、音を立てそうに硬直する。 その瞬間、私の認識が裏返った。 帝国は私を飾りにする気だと思っていた。けれど、少なくとも皇太子は、私の札を「妃候補」から「特使」へ戻した。 ありがたい。けれど同時に、怖い。これは貸しでも保護でもなく、取引だ。「恐れ入ります、殿下」 隣でクロード様が、やけに丁寧な敬語を置いた。口調が整いすぎていて、逆に刺々しい。 「王国宰相、クロード・フォン・ラグランジュ。特使代表として、礼を」 「礼はいい。君は相変わらず固いね、
「帝国は、王国ほど王様の顔色を気にしませんので」 湯気の立つ皿の向こうで、帝国側の文官が涼しい顔で言った。船の食堂は昼でも薄暗く、波のうねりが床板をゆっくり押し上げる。 私はスプーンを止めた。王の言葉に怯え、宰相の判断に救われてきたこの国で育った身には、軽く投げられたその差が刺さる。 隣にいるクロードは黙っている。黙り方が、いつもより硬い。彼は私の皿の手前に置かれた白い布を、必要以上に丁寧に折り直した。「顔色を気にしない、というのは羨ましい響きですわね」 微笑んで返す。口角だけで。 文官は、こちらの反応を値踏みするように目を細めた。「羨ましい、ですか。では王国は楽でしょう。命じる者が明確だ」「明確なぶん、歪みも明確に溜まりますの」 クロードの視線が私の横顔に触れた。ほんの少し、息が浅くなる。 軍服の男が大きく笑い、食器を鳴らした。「歪みなら帝国にもあるさ。議会の連中は、剣を握ったこともないくせに戦の話をする。口は達者でな」 その言葉に、私の背筋が冷える。戦。 潮の匂いより先に、古い記憶の匂いが鼻を刺した。前世で遊んだ、あの物語の分岐点。平和が、音もなく戦に変わる瞬間の手触り。 私はスープを飲んで、胃の底に落とした。落ち着け。ここはゲームの画面じゃない。私は駒じゃない。「帝国は軍拡を進めていると聞きましたわ」 私がそう言うと、軍人は肩をすくめた。「進めているのは隣の小国も同じだ。海の向こうは広い。守るなら、備えるしかない」 文官が口を挟む。「守る、という言い方が気に入らない議員も多い。皇帝陛下の権威は強いが、帝国は陛下だけで回っていない。貴族も商会も宗教も、みな席を欲しがる」 席。 その単語だけで、胸の奥に椅子の背もたれが浮かぶ。帝国で用意される席は、私にとって居場所なのか、それとも檻なのか。 私は敢えて、話を数字へ引き寄せた。「席を欲しがるなら、税の配分は揉めますでしょう。航路税と港湾税、帝国はどちらを重く見ますの
「皇太子妃候補レティシア・エルネスト様、乗船を確認」 港の書記が淡々と読み上げた肩書きが、潮の匂いより先に喉を刺した。 宰相の婚約者になったはずの私が、いつの間にか帝国の妃候補として数えられている。 王国の岸が、鏡の向こう側に沈んでいく。 桟橋は霧と人の熱でざわついていた。 荷を運ぶ男たちの掛け声、帆の軋む音、軍靴の乾いた足音。 全部が現実なのに、私の足元だけが薄氷みたいだった。 レオンハルト陛下が護衛の輪を割って歩み出る。 王冠はなくとも、海風が勝手に膝を折るみたいな圧がある。「忘れるな。これは政略である前に、和平のための旅だ」 命令ではなく、釘だった。 私は息を吸って、頷く。「陛下の釘は、痛いほど効きますわ」 言ってしまったあとで、自分の声が震えているのに気づく。 笑いに変える余裕なんてないのに、癖で口が動く。 父は私の手を握ったまま離さない。 侯爵の手は温かいのに、爪先は冷える。「目で戦うな。戻る場所は、まだ王国にある」 母は私の髪を整えるふりをして耳元で囁いた。 香の匂いが、子どもの頃の寝室を連れてくる。「椅子はね、座るよりも……降りる時のほうが勇気が要るのよ」 胸の奥が、ぐらりと揺れた。 宰相の隣の椅子。 王国のために座ると決めた椅子。 なのに今、私はその椅子ごと船に載せられている。 舷側へ向かう途中、視線を感じて足が止まる。 桟橋の端、少し離れた場所に馬車がある。 幌の影に、見慣れた金髪が揺れた。 アルノルト。 元王太子。 私が想像していたのは、憎しみか、嘲りか、あるいは自分勝手な呼び戻しだった。 けれど彼は、ただ帽子のつばを押さえ、深く頭を下げた。 私のほうへ、ではなく。 王国そのものへ、という角度で。 それが、最悪だった。 私の中で終わったはずの